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「はぁ〜、今日も疲れたぁ〜」
 部室から自転車を置いているグラウンド脇へと歩きながら、グンと背伸びをするように腕を振り上げた田島は、言葉には程遠いほど元気だ。
「おっ、ターゲット発見!」
 そう言うや否や尻尾を振る犬よろしく駆け出して花井に飛びつく姿には、呆れを通り越して半ば感心してしまう。
 明日の練習試合に備えていつもより二時間早めに終了したお陰でオレだって辛うじていつもよりは元気は残っているけれど、やっぱりその疲れたるや既にマックスで、とてもじゃないが田島みたいに走り回ろうなんて気にはなれない。

 重い足を引きずりながらすっかり暗くなった空を見上げると、西の方の空はオレンジとブルーを掛け合わせたような不可思議な色が濃く、けれど真上はもう満点の星空が広がっていた。
 陽が完全に落ちて、どのくらいの時間が経てばこんな色の空になるんだろう?
 グラウンドと空との境界線は微妙な色に霞んで曖昧で、なのにこの空を夕方の空だと思うかと問われれば、やっぱり夜空だと答えそうな、そんな変な空の色。
 顔を撫でて行く風は少し冷たいけれど、冬の間の練習帰りみたいに耳が千切れそうな痛みはない。

「なぁなぁ泉、帰りコンビニ寄んねぇ?」
「泉君」
 あちこち走り回って、じゃれ付いた花井に邪険に払い落とされて、ちぇーっとか口を尖らせながらオレの隣に戻ってきた田島が、どっしりと体重をかけるように肩を組んでくる。
 それに引き連れられるようにして走ってきた三橋が反対側からオレの顔を覗きこんできて、そんな二人にはパタパタ揺れる尻尾どころかでっかい耳まで付いてそうだ。
「田島、重い」
「行こうぜ、あっこのコンビニ、一週間限定で肉まんが八十八円だって」
「二個食べれる よ」
「マジで?」
「おう!」
「うん」
 ハモるように声を上げた二人は、阿部のそれとは比べちゃ失礼なくらい邪のない顔でニィッと笑って見せ、ついでに田島はピッと親指まで立てて見せて、なんでか偉そうに胸を張った。
「オレ今日は二個食うんだ」
「オレ も、二個」
 ったく。何処の欠乏児童だ。
 いくら八十八円だからって、二個食えば百円突破するって分かってっか?――と、からかい混じりに言ってやろうと口を開きかけて、けれどそのとき、不意にポケットの中でブルブルと揺れた携帯に意識が向いた。
「あ――っと、悪い。メール」
 ゴソゴソと携帯を取り出せば、オレに絡みつくようにして歩いていた田島と三橋がちょっとだけ身を離してくれる。
 日頃相手のことなんてお構いなしなように見えても、こういう気遣いはちゃんとしてくれるんだよな――なんて笑みを漏らしながら携帯を開けば、ディスプレイに「浜田」の文字が浮かび上がった。
「あ…、浜田だ」
「ハマちゃん?」
「あー、浜田今九州だっけ?」
「そう」
 オレの首に巻きついていた田島の腕がするりと離れて、三橋のフヨフヨの髪に攻撃を仕掛け始めたのを笑って咎めながらメールボックスを開いて、一番上にある未開封のメールの件名にちょっとだけ心を奪われた。

 ――:件名: 今の空 

 なんとも分かりやすいような、分かりにくいような、そんな件名だけれど。
 件名の隣にある、画像の添付を示すクリップマークの表示に、何となく内容が想像できて、笑みが漏れた。
 きっと昨日みたいに「すげーだろ」とでも言わんばかりに、田舎の満点の星空の画像でも送って来たんだろう。
 どうせ画像送って来るなら、久しぶりなんだ、おじさんとかおばさんの写真送ってくれれば良いのに――なんて、そんなことを考えながらメールを開いて――。
「う…わぁ――」
 小さな画面いっぱいに映し出された画像に、思わず感嘆の声が零れた。
「へ?なに?浜田がどした?」
「ハマちゃん帰ってくる?」
 ぎゃいぎゃいとじゃれ付いていた田島と三橋が、オレの漏らした声にきょとんと首を傾げるけれど、オレは画面に映し出された景色から目が離せず、答える代わりに二人に携帯を差し出した。
「へ?見て良いの?」
「おう。今の九州の空だって」
「へぇ……、うっわぁー」
「ふわ〜、すごい ね…」
 オレと同じように画面を見るなり声を上げた二人と共に、オレもまた頭を寄せて、携帯の中の景色に魅入る。
 小さな画面には、びっくりするくらい鮮やかな夕焼けが映し出されていた。
 のどかに広がる田園風景と、その脇に沿うように伸びるあぜ道は、このグラウンドから田島の家に向かって伸びる道と少し似ているけれど。
 その先に広がる空の広さは全然違う。
 画面の半分以上を占める空は大きなオレンジ色の夕日が今まさに沈もうとするところで、広がる田園風景を鮮やかなオレンジに染めていた。
「これ……今の空?」
「だって」
「へぇ。九州ってまだ夕方なんだな」
「みたいだな」
 二人の感嘆の声に相槌を打ちながら手にした携帯を目の高さよりちょっと上に掲げてみると、画面いっぱいに映し出された夕焼けの景色と、それを取り巻く今の埼玉の星空は、同じ日本とは思えないほど遠い。

 浜田――、こんな遠くに居るんだ――。
 昨日から、アイツの送ってくる写メールは、どうにも悪戯にオレの気持ちを掻き回す。
 ただ単に、綺麗だと思う景色をオレに見せたいというだけなのか、それともなにか意味があるのか。
 こんな短い件名と写真だけじゃ、浜田がなにを言いたいのかオレには分からない。

「九州って……遠いん だね」
「なんたって海外だもんな」
「そか、だから時差、が、あるんだね」
「そうそう」
 いやいや、海外も時差も間違ってるぞ――。
 そう突っ込んでやった方が親切なのか、それとも聞き流すべきなのか、ちょっとだけ考えて、やっぱりココは突っ込んどいてやろうと口を開きかけて――、けれどその言葉は三橋の漏らした呟きに掻き消された。
「ハマちゃん……、早く帰ってくると良いね」
「だよなぁー。やっぱ浜田居ねぇと淋しいよな」
「うん、淋しい ね」
 
 オレは――、こんな風に素直に気持ちを言葉に出来ない。
 言葉に出来ないだけじゃない、心の中で思うことすら必死で否定して、考えないようにしてしまう。
 淋しくなんかない、淋しいわけじゃない。
 そんな風に繰り返しても気持ちはモヤモヤ同じところを巡るから、終いにはそのモヤモヤをイライラだと勘違いして、八つ当たりをしてしまう。
 けど、せめてこの二人の前ではちょっとくらい隙を見せても良いのかもしれない。
 そう思えるのは、想像以上の時差と距離に冷えかけた気持ちが本当に凍えてしまう暇もないくらい、こいつらの言葉とか、オレの首に巻きついた腕とか、オレの服の裾をきゅっと握る手とかが、気持ちの中まであっためてくれるからだ。

「やっぱ遠いな……」
 ぽつりとそう漏らすと、顔を見合わせてきゅっと眉を寄せた田島と三橋が、またオレの首とか腕にガッシリと手を回して、両端から体を寄せた。



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何処を載せるかものっすごく悩んだのですが……。お話の途中のひとコマです。
キーアイテムは携帯の写メール。
泉が凹んで、ちょっと吹っ切って、ムカついて、キレます。我侭;
そういうのを「我侭だなぁ」と思うか「可愛いなぁ」と思うかは恋人の器次第だと思うのですが、浜田はドーンと受け止めそう……とかいう、夢見がちな話。



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