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たとえばコレが、野球だったら――。
初めてボールを持った頃は、真っ直ぐ投げるのが精一杯だった。
何度も練習をして、高めと低めに放れるようになった。
もっと練習して、更に内角と外角を狙って投げられるようになった。
今では、もっと正確に、隅を突いて投げられる。
阿部君が構えたミットめがけて、投げられる。
阿部君がいつも褒めてくれる九分割は、沢山沢山練習を積んで、身につけた。
阿部君がオレのこと、頑張ってるって言ってくれたから、頑張ればオレだって出来るんだって気が、少しだけした。
自分のことで言えば、どうだろう?
今までは、考えていられるのは野球のことと食べ物のこと、せいぜい二分割だった。
それでオレの許容量は満タンだと思ってたのに、高校に入ってあっけないくらい簡単に、そこに阿部君の存在が入ってきた。
野球と、食べ物と、阿部君のこと。
オレの心の中はこの三分割に変わった。
もうさすがに一杯一杯だろうって思えば、今度はそこに、友達が入ってきた。
中学時代のオレには考えられなかったカテゴリーだ。
友達と言っても結局野球部の仲間なんだけれど、それでも友達を思う気持ちと野球が大切な気持ちは、やっぱり同じジャンルじゃない。
オレの心の中は四分割になった。
だから、もっと頑張れば、オレの心の中ももっと細かく分割出来るんじゃないかって思うのに――。
どうしてだろう。
どんなに一生懸命頑張っても、そこに「勉強」って枠はなかなか入ってきてくれない。
○ ○ ○
とにかく、モテる人なのだ。オレの好きな人は。
野球だって上手だし、勉強だって出来る。
時々見せるあの不機嫌そうな、眉を上げた表情も、オレや女の子たちから見れば「この上なくカッコ良い」顔なのだ。
オレが時々身を震わせるあの低い地を這うような声も、「よく響く良い声」なのだ、時々ホントに怖くて仕方ないけど。
そんなあの人がモテるのは当然のことだ。
そして、男同士のオレなんかよりも、女の子たちの持つ感情の方がずっとずっと普通なんだってのも当たり前のことで。
そんな彼女たちを羨ましいなと思うときもあるけど、けどいつも、考えた挙句やっぱりオレは男で良かったと思うことにしている。
だって、阿部君と野球をするのは、男じゃないと無理だ。
野球をするときと、それから勉強を教えてくれるときだけは、阿部君はオレに親身になってくれる。
だから、オレが過ぎた願いさえ持たなければ、オレは阿部君の傍に居られるんだ。
監督が言う、ポジティブシンキングって奴だ。
傍に居るってのも過ぎた願いかもしれないけれど――。
だから、今日もオレは、阿部君の傍に居られる数少ないアイテムを胸の位置に抱いて、七組の教室を廊下から覗き込んだ。
他の教室に来るのはいつだってドキドキする。
田島君みたいに平気で中に入っていくのはオレには難しいし、だからと言って廊下から大声で呼びかけるのはもっと無理だ。
だから今日みたいに、たまたま廊下に出ていた水谷君が気付いてくれたりすると、ほっとする。
「阿部ー、三橋来てるよー」
「おー」
窓際の席で花井君と話していた阿部君が、振り返って立ち上がる。
オレは手にしたキャンパスノートを胸の位置でぎゅっと握った。
そうして、廊下に出てきた阿部君に、そのノートをおずおずと差し出した。
「あの、阿部君。これ」
「おー、出来たか」
「う、ん。出来…なかったのもある」
「へぇ。出来なかったのもってことは、出来たのもあるんだ」
「うん。間違ってるかもだけど、解いた、のもある よ」
ノートをパラパラ捲りながら、阿部君がページに目を走らせる。
ページの一番下の数行を見て、うんと頷いて、ノートを閉じながら、阿部君が笑った。
「解かんなかったとこ、ちゃんと書いてるな」
「うん。書いた」
ノートの各ページの一番下には数行分を四角で囲んである枠がある。
その四角の上には『しつもん』と書かれていて、阿部君が書いてるな――と言ったのはその枠の中のことだ。
「んじゃ、これ見とくな」
「うん。よろしく おねがいします」
「おう」
ノートを掲げるように手を挙げて教室に戻っていく背中をじっと見つめて、途端に安心してほっと息を吐く。
しばらく阿部君の背中を見送って、席についてまた花井君と話し始めた姿をぼんやりと眺めて――、もう用事が済んだんだってことようやく気付いて、慌てて自分の教室へと足を向けた。
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冒頭部分です。
ちなみに、本文で一瞬だけ(ほんっと気にしてないと読み飛ばすくらい一瞬)触れてますけど、表紙は上のサンプルで三橋が抱えてるキャンパスノートで、落書きは概ね田島君作です。
んで、本文でも触れてませんけど自分設定として、緑のペンが泉君で、ブルーのペンがハマちゃんです。赤ペンは机の上に転がっていて、色んな人が使ってます。わかんねぇ〜;
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